作中の文章引用があります。
ストーリーの核には触れず、大きなネタバレはしないように心がけております。
あらすじ
桜並木のそばに佇む喫茶店「マーブル・カフェ」。
そこで働く僕は、不思議な女性の常連さんに「ココアさん」と名付けた。
彼女はいつも木曜日に、手紙を書いていて・・・。
カフェで出された一杯のココアから始まる、12色のストーリー。
卵焼き、ネイル、絵画、など彩り豊かな物語が繋がっていく。
構成や手法の魅力
構成について
連作短編小説となっていて、一話は短めなので飽きません。
登場人物は章ごとに切り替わっていきますが、
前章で登場した人物にバトンを受け継ぐように視点が切り替わるので混乱しません。
話が繋がっていくことで、人はどこかで支え合って生きていると実感できます。
リズム感が良く、最初から最後まで一気読みしてしまうほど読みやすいです。
爽やかな読後感も魅力です。
色をテーマに描かれる
各章で色のテーマが決まっています。
私たちが抱く色のイメージを壊すことなく、
想像の中で視覚的にも楽しめる一冊となっています。
私が青山さんの表現が秀逸だと思った部分を、
『2章 きまじめな卵焼き』より一つ紹介します。
お弁当をおいしそうに見せる基本の5色。
赤、緑、黒、茶、黄。物語の最初は彩りが綺麗に感じるんです。
しかし段々と主人公の自信が砕かれ、不安が募るにつれて投下されるこの一文。
赤、緑、黒、茶、そして黄。どうにも逃げられない卵焼き。
『木曜日にはココアを』きまじめな卵焼き/P36
全く同じ色なんですよ。しかし印象が一変します。

その一文に目を奪われて、しばらく動けませんでした
不安が押し寄せてきている心情が、一瞬で想像できました。
目下の鮮やかな色で、まるで目が回るみたいに。
ただ美しいのではなく、主人公の感情を色で伝える手法に感動します。
「木曜日はココアを」を読むとホッとする理由
「木曜日にはココアを」を読めばホッとする、私が思う理由は以下の3点です。
心の中にある葛藤に気持ちがリンクするということ。
心を軽くする言葉に出会えること。
もしかしたら自分の言葉も誰かを救っているかもしれないと思えること。
登場人物たちは自分自身に渦巻く問題と向き合っています。
そんな時、自分の狭くなった視野や心を、ふと軽くしてくれる言葉に出会うんです。
自分が良いと思っていたことが、身勝手だったかもしれないと気付く。
気付きを与える言葉は、いつも何気ない一言。
慰めようとしたのではなく、相手が何気なく言った言葉なんです。
そこがこの物語の重要なポイントだと思います。
もしかしたら自分の言葉も、誰かの生きる糧になっているかもしれないのです。
人と関わることの魅力を教えてくれて、明日への活力を生み出してくれます。
最後の一行を読んだとき、私はブラボー!と叫んで、思わずスタンディングオベーションしたくなりました。
このブログを書くために再読しましたが、
いつの間にか没頭してしまいウルっとしてしまいました。
何度読み返しても心が温まる作品です。
具体的に説明していきます。
日常の不安や葛藤にリンクする
日常の中に私たちが抱く不安や葛藤と上手くリンクし、解放してくれます。
以下のような感情に心当たりがある方はおすすめの本です。
出来ないことに直面して崩れ落ちる自信
自信を持って生きてきたのに、出来ないことに直面して打ち砕かれたことはありませんか。
学生時代に勉強も人一倍頑張ってきて、
仕事も順風満帆だったのに、なぜか家庭はうまくいかない。
みんなが出来ていることが、なんで出来ないんだろうと自分を責めてしまう。
そんな時に人に優しくなれなかったり、情けないけれど認めたくなくて。
誰にも縋れない自分。そんな現実に嫌気がさす。
特に仕事と子育てを両立しているお母さんは、共感できる気持ちではないでしょうか。

やることありすぎてもう無理!誰か助けて〜
長年の友人への理解が揺らぐ
よく知っていると思っていた相手のことが、よくわからなくなる瞬間。
経験ありませんか。
愚痴もこぼせる唯一の相手が放った軽率な一言。乱れる心。
突然今までの信頼関係を疑いたくなるようなことを言われて、
裏切られた気分になってしまう。
自分の方が正論なのに間違っているのだろうか。
信頼していたのに。
自分のこともわかって貰えていたはずなのに。裏切られた。
相手においていかれるような感覚です。
そんな気持ち、感じたことありませんか。

なんで友達だったんだろう?どこが好きだったんだろう?
心を軽くする言葉3選
私が心に響いた青山さんの文章を引用し、そこから派生した自身の考えについて述べてきます。
視野を広げてくれる
私が非常識だと思うことが、違う角度から見たら常識的ってこともあるのか。
『木曜日にはココアを』聖者の直進/P77
友人の選択に賛同できなかった主人公が、とある人の言葉で得た気付きです。
私はこの言葉に、心を軽くする極意がつまっていると思います。
普段から私自身も常識、非常識に対して全く同じことを考えています。
時代や住む場所が変われば常識は変わります。
昭和から令和でも労働や結婚に対する価値観は変わってきています。
極端なことを言えば、着物が主流だった時代に洋服を着ていれば風変わりな人。
現代は、洋服以外を着ている人の方が風変わりな人。
いつの時代も少数の意見は変に思われるのです。
何が正しいかは分かりません。
でも少数の意見だからという理由で、非常識が決まるとは思いません。
だから周りがなんと言おうとも自分が好きなことに正直でいるべきだと思います。

もちろん法律に反しない範囲内で!
本当の謙虚さや優しさを知る
私は思うんだけれど、正しい謙虚さというのは正しい自信だし、本当のやさしさは本当のたくましさじゃないかしら。
『木曜日にはココアを』半世紀ロマンス/P115
人の心を動かす言葉について考えさせられる一文。
相手にペコペコすることだけが謙虚さではないこと。
慈悲の言葉をかけることだけが、優しさではないということ。
私が思う素敵ポイントは、
この言葉は夫の行動に対して妻が褒めた言葉であるという点です。
言葉で伝えずとも、妻は夫の行動の意味と心根を理解しているんです。

自分の行動の本当の意味、含まれる優しさを、
理解していてくれる人がいることがどれだけ重要なことか!
自尊心や自信に繋がることだと私は思います。
例えば、身近なお話で優しさの多様性について考えます。
学校に来れない子がいたとします。
大丈夫?と慰めたり、早く学校においで!と誘うことも優しさの一つです。
しかしそれが休んでいる本人にとってはプレッシャーになるかもしれません。
本人が決めるまで待つこと。
敢えて言及せずに、ただ寄り添うことも優しさなんですよね。
優しさの多様性を理解できない人にとっては、言葉をかけない人は何も考えていないように見えるかもしれません。
謙虚さ、優しさには様々な形があります。
何が相手の心を動かすのか。
なぜその行動をとったのか。
行動の裏にある本当の優しさや意味を、理解できるような人間でいたいと思いました。
言葉が通じないとは、言語の問題ではない
同じ日本語を使っているはずの日本人でも、意味を取り違えたり、何を考えているのかわからなかったりすることがあるのに。「言葉が通じない」って、本当はそういうことなのかもしれません。
『木曜日にはココアを』恋文/P205
この物語には日本人以外にも外国の方が数人出てきます。
舞台も日本に限らず、グローバルな視点で描かれています。
青山さん自身が、異国の地で暮らした経験が大きく影響していると感じました。
文化や人種が違っても、人を好きになる感情は共通することが多いと、青山さんは語っています。
(出典:日本経済新聞夕刊2021年3月23日付)
この文中での「言葉が通じない」の意味を考えました。
言語が違うという意味ではなく、価値観の違いを言っているのだと考えます。
思考回路が違う相手と話すとき、全く予想外の方向に会話が進んでしまい、
返す言葉に詰まってしまった経験ありませんか。

そういう意味で言ったんじゃないのにな、と思ったり。
おそらく同じ違和感を相手も感じているはずです。
同じ思考の持ち主は、1を話せば2にも3にもなって面白い返事が返ってきます。
トントンと話が進んでいくのが心地良くも感じます。
世界は広いです。
だからこそ同じモノを見て、同じように考える人に出会えることは、貴重です。
前項で謙虚さや優しさの多様性について述べましたが、
その捉え方の違いにおいても、根底に価値観の共有があると考えます。
人に対してしてはいけないこと、言われたら嬉しいこと。
つまり青山さんが言う「言葉が通じる」とは、
見えている世界が同じで似た感覚を持っている、ということではないでしょうか。
私自身は価値観の共有について年齢や性別は関係ないと思ってきましたが、
人種も関係ないのだなと青山さんのおかげで気付くことができました。
著者 青山美智子さんについて
幼少期は千葉県、中学で愛知県へ引っ越す。
14歳で集英社コバルト文庫の氷室冴子さんの本に影響を受けた。
大学卒業後、ワーキングホリデーで渡豪。
語学学校、観光で一年過ごし、シドニーで日経の新聞社の記者として勤める。
帰国後上京し、出版社で雑誌編集者を経験後、執筆活動へ。
出典:日本経済新聞夕刊2021年3月23日付
デビュー作『木曜日にはココアを』第1回宮崎本大賞受賞。
『猫のお告げは樹の下で』第13回天竜文学賞受賞。
『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』2021・2022年本屋大賞第2位。
『月の立つ林で』2023年本屋大賞第5位。
他作品:『鎌倉うずまき案内所』『ただいま神様当番』『月曜日の抹茶カフェ』『マイ・プレゼント』『いつもの木曜日』『ユア・プレゼント』『リカバリー・カバヒコ』
まとめ
心の中に葛藤やモヤモヤがある。
心を軽くする言葉に出会いたい。
人は支え合いながら生きていることを実感したい。
こんな思いを抱えているならば、ぜひ『木曜日にはココアを』を読んでみてください。